傲慢と虚飾に彩られた池田大作の愚かな人生


池田にオベッカ使わぬ者は「悪い奴」 嫉妬心剥き出しの「石原・松下(故人)評」
守攻とりまぜた池田の自民党対策 天下盗りの機会を虎視眈々と
池田にオベッカ使わぬ者は「悪い奴」 
嫉妬心剥き出しの「石原・松下(故人)評」
 石原慎太郎東京都知事と都議会(自公=癒着グループ)の、おままごとめいた攻防が続いている。  関心を引かれるのは、池田大作の視野にある石原像である。
 一九六八年五月二十三日の夜。料亭「初波奈」で民衆≠ノはとても手が届かない高額料理に舌鼓を打ちつつ池田がこんな感想を洩らしていた。
 「今は悪い奴等がのさばっている。石原慎太郎や今東光が出るなんてなげかわしい。」(今東光=作家、故人)  まるで狸が狐を嘲笑している図。たとえば鳥獣戯画から、愛敬や滑稽や軽みを拭い去った、恐ろしい絵である。きっと、その日、池田の機嫌はうるわしくなかったのだ。続けて松下幸之助氏(故人)をこう罵る。
 「ずるい奴だ。『PHP』五十万部ですごく儲けている。もう少し下がると思うが、道徳をとりあげている。松下教祖だ。社内の訓練も松下教だ。」
 そこに漂っている剥(む)き出しの妬心に辟易(へきえき)せざるをえない。池田は勝手に「石原」で自身の妬心に火をつけ、これを「松下」で燃え上がらせ、とうとう「弱肉強食だ。大きな会社へ入れなかった人や中小企業は可哀想だ」なんて口走るていたらく。彼はおそらく「創価学会第三代会長の偉大な自分より下の者」を爼上にあげなければ妬心を鎮めることができなかったのに違いない。哀れな御仁だ。
 その無惨な独演は、七〇年前後に彼が主宰していた、創価学会企業幹部たちの定期会合「社長会」(第十一回)のワンカットである。
 ちなみに、社長会の記録は、山崎正友氏の手で『日本経済乗っ取りの野望』(三巻=編集・信教の自由を考える集い)として蘇り、齢七十一の池田大作の原点・発想・基本行動パターンを真っ直ぐに照射する、きわめて貴重なとっかかりになっているのだが、では、先の「池田の石原慎太郎評」を山崎正友氏はどう解読しているのか(以下、池田発言=カギカッコ、山崎氏解読=ヤマカッコ)。 〈池田大作の言う今のさばっている悪い奴≠ニは、今東光、石原慎太郎氏のような人物のことである。
 池田大作は、この後、石原慎太郎氏と会った際、いっしょに天下をとりましょう≠ネどとオベンチャラを言い、石原氏も、その後、嫌悪感を隠さなかった。〉  要するにお互いひどく嫌い合っていたのだ。おまけに石原ファミリーのほうはこぞって霊友会(公称二百五十万人)の信者である。
 でも、石原氏が東京都知事になった今はどうなのか。  最近の都庁の風評によると、池田がニヤニヤしながら、すでに右手で小渕恵三氏の上着の袖を掴(つか)んでいるのに、左手を使って石原慎太郎氏のほうへ、少しずつにじり寄るようなしぐさをみせているという。かねがね世紀末のラビリンスには、とんでもない怪態物が出現すると聞いていたけれど、これほど汚ない、目をそむけたい、背筋のぞくぞくする、嫌らしい光景があったろうか。
 あらためて強調すると、池田大作は政治好きだ。しかし「政策」好きではない。まっとうな論理を理解できないから。良い子向け偉人伝どまり。  これまでなんせ泥投げ(内面)とヨイショ(外面)の混濁人生。
 言い換えると、ただただ「権力」を好きなのである。ただひたすら自分が権力を握ることとカネと女性とトロと文化人ぽい演技を大好きなのである。世間ではこのたぐいを、どんな薬も効かないアホと呼ぶ。しかし彼は……自分が宇宙サイズの哲人政治家だと固く信じ込んでいる。そう信じ込んでじつに久しい。  としたら、同・哲人政治家の、人との接し方は? 池田側近の一人だった山崎正友氏がこう語る。
  〈池田大作と会う人物は、
(一)利用しようとしてオベッカを使う者
(二)好奇心から会ってみたいと思う者
(三)何となく会うことになったが、率直に嫌悪感を持ち、オベッカを使わぬ者の三種類に分けられよう。
銀行業界や建設業界、政治家は、おおむね(一)に属する。この人達は、池田大作にバカにされる。あるいは、ズルイ奴≠ニいわれる。
(二)の範疇には、外国人や学者、評論家などが多いが、どういうわけか池田大作は一目置く。
(三)に対しては、悪い奴だ∞悪党だ≠ニレッテルをはる。
 池田大作が気に入ったのは、河野一郎氏と市川清氏(元リコー社長)。そして、松本清張氏とは奇妙にウマが合った。松本清張氏が並はずれて好奇心の強い人物だったからだろうか。〉  ほんまにコマイおっさんやな、膨らんでもせいぜい梅雨に有頂天のアマガエル程度、そんな感じがしてならない。
 いや、センセイはいつもぴしっと偉人ポーズ、「偉大なナポレオン」ポーズをきめている。ナポレオンがとんでもない大虐殺者であることを少しも理解できない青梅頭≠もたげたとき、口の端が必ず得意げに歪(ゆが)むのはご愛敬というべきか――などと、あれこれ思いつつ山崎正友氏の見聞を読み進む。 〈池田大作は、松下幸之助氏をものすごく意識し、ことあるごとに、自分や創価学会と対比した。「やり手でずるい奴」というのが、松下評である。とくに、松下氏が道徳などを強調し、教育、宗教的な色彩を帯びた晩年は、「ずるい奴」を連発した。それでいて松下氏と会食するときは、ソワソワし、いそいそと出かけて行ったから、池田大作は、松下幸之助氏に一目置き、ねたんでいたのであろう。〉
 大作辞典が手元にないので、とりあえず広辞苑のホコリを払って「ずるい」の項を見る。まず次のように書かれていた。  「しなければならぬことを巧(たく)みになまける、横着である。」  おや? この典型的な人物に心当たりがあるよ。
 某宗教まがい団体の「師」と称し、その実、政治やカネや女性や超高級料理狂い。しなければならない勤行を巧みになまけて、横着をし、注意されると「トンカチをくらいたいのか」と大声を張り上げる、もしかしたら、あのボケのことでは?  「狡猾(こうかつ)である、わるがしこい。」 おや? 猪首がありありと浮かんでくるのは、どうしたことか。たとえば女性たちをホメてホメてホメまくり、カネと票を吸い取る狡猾さにおいて、あの猪首に対抗できる者はきわめて少ない。
 国会で追及され逮捕されそうになり、佐藤栄作首相(当時)に直接電話をかけて「何とか助けてください、一生恩に着ます」と泣きつき、あまつさえ「見えない相手にペコペコ頭を下げるという醜態」(山崎正友氏)を演じても、熱さが喉元を過ぎるとアッカンベーの、とてつもなくわるがしこい猪首。
 「狡猾」と「わるがしこさ」はまさにあの猪首の専売特許ではないか?  この男の向こうを晴れるのはただ一人。中曽根康弘氏だ。同氏は五月二十七日の八十一歳の誕生祝いのパーティで「道を行く 若葉の照りに 羞(は)じらいて」と詠み、その意は「年寄りの自分も、どうか道の端を歩かせてほしい」なんてシャラシャラと説明し、この舌の根もかわかないうちにペロリンとした顔で辺りを聘睨(へいげい)し、グンッと胸を突き出し、「カミナリおやじをやらせてもらう」と宣言してみせたのだった。
 この二人は前世では一卵性双生児だったのかもしれない。とにかく、この二人が顔を合わせると、いったい何が起こるのか、いったいどういうことになるのか。おぞましくも興味深いテーマである。

守攻とりまぜた池田の自民党対策 
天下盗りの機会を虎視眈々と
 六七年十一月二十五日の第六回社長会(料亭「小富美」)で池田はこう話した。  「中曽根康弘は心配ない。こちらの小僧だ。総理大臣になりたいと云っていたのでよしよしと云っておいた。ケネディきどりだ。坊やだ。」
 ご本人は日本の国主気取りである。当時、彼はさかんに周辺のオベンチャラや公明党議員たちに「国民があっと気がついた時には、もうおそい、という具合にやれ」とか「形は遊覧船、内部は戦艦」とハッパをかけていたのだった(山崎正友氏)。  つまり「国主気取り」の「ケネディ気取り」批判である。まっとうな神経ではとてもつきあいきれない。
 山崎氏の手を借りよう。 〈池田大作が、中曽根康弘氏に会った際、「ぜひ総理大臣になりなさい」とおだてた。そのあとで、側近達には、「(中曽根は)こちらの小僧だ。ケネディ気取りだが、俺の前ではまるで子供だ。たいしたことはない」と、こきおろし、小僧扱いした。〉
 ひどい話だ。品がない。教養がない。ちゃんとした自尊心がない。知性のカケラも感じられない。なまじカネと票を握っているだけに始末が悪い。程度の低い、ハンチク者というべきか。ただし「こきおろし」だけは得意中の得意のワザである。これだけは、目が醒めるほど秀でている。
 山崎正友氏の指摘はこんなふうに続く。 〈セゾングループの堤氏、石原慎太郎氏と会った後も同じであった。松下幸之助氏に対しては、ずるい奴≠ニいい、創共協定の相手、宮本顕治については、「あいつは悪党だ」とこきおろした。ことさら大物ぶって、側近の前で相手を見下して見せるのが池田大作のポーズである。中曽根氏は、昭和六十年(八五年)の二階堂擁立劇≠ナも、池田大作に足をすくわれかけた。〉
 要するに、ひそひそと動きまわるのが、すっかり習い性になってしまっているのだ。  猪首は名誉称号をいっぱい飾ってナポレオン気取り。しかし、足が本性に正直過ぎて、つい忍び足スリ足となり暗闇のほうばかりめざしてしまう。
 おまけに、大口は、「こきおろし」のみならず、「超一流料理」を求めて飽くことを知らない。  化粧をいくらやっても、大口と足が本当の姿をさらけ出してしまうので、さらに厚化粧をしなければならない。じつに難儀な人ではある。
 六七年十二月二十日の夜。今宵、スリ足が、飽くことなき大口を運んできたのは、ここ超一流料亭「吉兆」(第七回社長会)。国主気取りはこう語った。何か秘策ありげな様子だ。  「自民党の総攻撃をやろうか。まだ少し早いな。安保はよく考えて処理しよう。」  自民党総攻撃、安保はよく考えて? その結論はいまや明確になっている。これに関しては後ほど徹底的に触れるとして、さしあたり山崎氏から予備知識をもらっておこう。 〈このころ、絶頂期にあった池田大作は、おごって、このように自民党をいつ攻撃しようか≠ニしばしば口にした。昭和六十年(八五年)の二階堂擁立劇も、小沢一郎と組んでの自民党分断、細川内閣樹立も、この発想の延長上にあり、具体化したものに他ならない。表面、自民党の補完勢力として、服従をよそおいながら、折りあらばこれを蹴落として、天下を奪おうと、いつも虎視眈々とねらっていたのである。
 しかし、いざ自民党が怒り、キバを向くと土下座してすり寄る。言論出版妨害事件では、全面謝罪に追い込まれ、佐藤栄作氏に土下座した。平成八年(九六年)以後は、国会喚問を恐れてひたすら自民党にすり寄る始末。攻めるときは威勢がよいが守勢にまわるとひたすら逃げまくる。池田大作のこの習性は、私達と将棋をさすときにも、如実にあらわれたものである。〉  とすると、池田大作はいまもお尻振り振り逃げまわっているのか。どんどん逃げていったら元の位置(絶頂期)に戻れるかもしれない、というアホ丸出し浅薄幻想にとりつかれているのか。  本人は高等戦術のつもりらしいのだが、問題は、遁走しながら、あちこちにダイオキシンのたぐい(新ガイドライン、日の丸・君が代、盗聴法、破防法制改正、国民総背番号制、、憲法改正、有事法など)をバラ撒いている点である。  かつては、やたら土下座した。しかし、今日は、自民党に「吸収してください」と嘆願している。
 七十一歳にもなりながら、自分の身を守ることに一生懸命で、状況がどんなに悪化しようとお構いなしの錯乱状態。あとは野となれ山となれ。  彼にとっては自分の舌が残っていればいいのだ。自分の舌がすべてなのだ。超高級料亭で大口を開けて好物のトロを腹いっぱい食べたあと、「平和」をこれみよがしにいたぶり、「民衆」をペロペロとなめまわすでっかい舌さえあれば。
                                       (続く)

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