『聖教』は事実を歪め、情報を操作


 昭和59年(1984年)4月28日付『聖教新聞』に、この記事が載っている。
 以下に抜粋するので、ポーリー女史の手記と、よく対比してみていただきたい。

 「池田SGI(創価学会インタナショナル)会長夫妻は27日夕、故アーノルド・トインビー博士の令孫に当たるポーリー・トインビーさんとその夫で英『ガーディアン』紙の論説委員(政治担当)であるピーター・ジェンキンス氏と、東京・信濃町の聖教新聞社で約2時間半にわたり懇談した。
 ここでSGI会長は、夫妻の来訪を心から歓迎し、『来日以来、多くの方々との会談でお疲れのことと思います。どうか、きょうは、くつろいでゆっくりと懇談しましょう』と述べ、トインビー博士との思い出を交(まじえ)ながら歓談。
 ポーリー夫人が『祖父(トインビー博士)が生きていましたら、訪日をどんなにか喜んだことでしょう。祖父は何度か来日し、大変楽しかったと言っていましたから』と結ばれ、SGI会長は、『博士との思い出は数多くあります。とうてい語り尽くすことはできません。大変にかわいがってくださいました。最も思い出の深い方でした』と、博士を懐かしく思い起こしながら語った。(中略)
 そして夫人が『博士とSGI会長の対談集を読めば、そこには博士の口調がよく表われており、対談に次第に熱が入り、高まっていった様子が、ほうふつと想像される』と述べれば、SGI会長は『実はまだ、未公開の原稿があるのです。そこには博士の個人的な問題についての対話もあります』と。(中略)
 さらに博士との対談が終わったとき、SGI会長が『私はトインビー学校の卒業生になったと思いますが、成績は何点ですか』と尋ねたところ、博士は笑いながら『群を抜いた優等生です』と言っていたことをユーモアを交えながら紹介。そして『若い私に対し、将来への厳しいアドバイスを』と要望したことを紹介。ジェンキンス夫妻に『それは何だと思いますか』と笑顔で語りかけた。
 それは全く、予想外の答えで『私は学者で机上の人だ。あなたは勇敢に仏法を流布している実践の者だ。私はアドバイスする立場ではない。いつまでも健康で勇気をもって進んでください』との言葉であったことを述べ、博士の謙虚な姿勢に深い感銘を覚えたと語った。(中略)
 SGI会長は、(略)世界の著名人と対談を続けていることを語った。
 ポーリー夫人は『それをうかがい、安心しました。トインビー博士が最初で、最後であってはいけません』と笑顔で述べれば、SGI会長も『私は博士を正しく紹介しゆく一人と思っております。これからも博士を世界に宣揚していきたい。ぜひ応援を』と望んだ」
 それにしても、このような事実の歪曲(わいきょく)、情報操作を、日常茶飯のように行なう『聖教新聞』とは、いったい、いかなる性質のメディアなのか。これでは、戦時中の大日本帝国大本営発表と、何ら変わるところがあるまい。
 危険きわまりない新聞があったものではないか。


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