じつは創価学会では、これ以前に、故トインビー博士の著書の出版元となっているオックスフォード大学出版会に対し、新たに“対談”の続編を学会側から出版したい旨、強く働きかけていたらしい。
ところが、同出版会は、「それは遺著管理者(遺族)の許可がなくてはできない」と回答し、申し入れを拒否してきたため、池田が直接、遺族のポーリー女史から協力の約束を取り付けようとしたのが、この時の、日本への招待の目的であったということだ。
それにしても、金品や豪勢な接待によって、人の心が動かせる、と思い込んでいるとは、宗教家にしては何とも貧しいかぎりの発想である。