これが池田の撮影術のトリックだ!


 この池田の“偉大な”写真撮影術に関し、じつに興味深い事実をジャーナリストの内藤國夫氏が『創価学会・公明党“スキャンダル・ウォッチング”』(日新報道刊)に書いているので、以下に紹介する。

 「原山正征。現・聖教新聞社写真局長。池田専属の付添いカメラマンというのが表向きの職業だが、じつは池田の写真のゴーストライター(フォトグラファー)といったところが本職である。
 ここ何年か、池田は『写真は心で撮るもの』を口グセとする。カメラを目から離す独特のポーズで写真を撮りまくるわけだが、実際問題、そんな格好じゃ、ろくな写真も撮れないに決まっている。で、実は、原山がピント合わせから何から、池田がカメラを持つ前にセットしているのだ。池田はいい気になってシャッターを押すだけである。しかし、それでも池田の撮る写真は絵にならない。仕方がないので、池田が撮っている真後ろで、池田と同じアングルで原山がシャッターを押すこともしばしば。
 『池田大作写真展』などと銘(めい)打って『先生の撮られたお写真だから』と、学会員や非学会員が見に来るものの、これが正体である。
 池田大作の本名は太作。そして俗名が代作。膨大(ぼうだい)な数に上る著作物のほとんど総てがゴーストライターの手によるもの。大作さんの代作依存は、今や有名な話である。それが趣味の領域の写真撮影にまで及んでいるというお粗末な内幕話。(中略)
 原山は、神奈川県・鎌倉市内の江ノ島電鉄沿線に立派な一軒家をもっている。信濃町では『聖教の薄給じゃあ、とてもあんな豪邸に住めないよ。大作サンから“特別手当”かなんかもらっているんじゃないの』ともっぱらのウワサである。」
 また、これを裏付ける投書を、次に載せておく。
 「聖教新聞に掲載される、池田大作の写真は、写真部(現・写真局)で厳重にチェックされます。池田の顔は、左右、極端に不揃(ぞろ)いのため、角度によっては、ひどく醜(みにく)い顔となるからです。特にアップの表情となると、原山正征(現・写真局長)が念入りに検閲して、それを、池田に見せて了解を得る、といった、プロセスが繰り返されます。
 また原山正征は、池田の付添いカメラマンとして、池田が行動するときは、ほとんど同行しています。
 池田は、よく『写真は心で撮るもの』といった、もっともらしく、聞こえのよいことを言っていますが、これは、『私は車を心で運転する』と言って、目をつぶって自動車を走らせるようなものです。カメラマンから見れば、カメラのファインダーから目を離して撮るなどというのは、非常に滑稽なポーズに他なりません。
 かつて、原山正征は、自慢話の一つとして、
 『私が、カメラを三脚にセットして、フレーム、ピント、露出まで決めて、あとは“先生”がシャッターを切るんだよ』
と、誇らしげに話していましたし、ファインダーから目を離してまで行なう撮影のタネ明かしについても、
 『私が“先生”の後にいて同じアングルから撮るんだ』
と話していました。」(元聖教新聞写真部員H・K氏)
 いかがであろうか。
 ポーリー女史の目撃した池田の写真撮影の模様、そして内藤國夫氏の指摘、元聖教職員の告発、それでも、なお、池田大作を偉大な指導者と信じてついて行く、というのなら、それはもはや、“全体主義体制の絶対権力者”の虚像作りに加担するもの、といわれても仕方がないであろう。

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