利用されたことを認める著名人も
私達が日本を出発するとき、池田氏の秘書が横に来て、「初版で洩(も)れた部分を、池田・トインビー会談の2冊目として出版したいが、その手助けをしてくれるか、どうか」と尋ねてきました。出版および著作権で、何か問題があったようです。
また、1985年6月に池田氏がイギリスに行く予定があり、それで何らかの手助けが必要だったようです。それが何だったのかは明らかにされませんでしたが、少なくとも私達を利用しようとしていたのです。
私達は、イギリスに戻ってから、池田氏により招待され、また彼の訪問を受けたりした何人かの人物に、電話を架けてみました。尋ねられること自体が不愉快、という明らかな反応を示した人もありましたが、何人かは、池田氏の名声を高めるために利用されてしまったことを認めました。つまり、すべての行事が素晴らしいものであるかのように繕(つくろ)われ、写真が撮(と)られ、そっけない型どおりの会話が、あたかも非常に重要な会談であったかのごとくに取り扱われ、記事にされた、と。
私は、祖父の著作を出版しているオックスフォード大学出版(OUP)にも問い合わせてみました。
OUPでは、池田氏が、祖父の死後、宣伝のためにトインビー・池田対談の出版をしようと頼んできたが、最初は固く断った、と言っていました。
その決断を貫き通せればよかったと思うのですが、池田氏はニューヨークの出版社から出版させることに成功し、OUPも、それに従わざるをえない形になってしまった、ということです。また、保存されているファイルの中には、「対談の第2冊目が出版されるかもしれない」といった内容の手紙もありました。
OUPによると、原稿は著作者の権利代行者が許可しなければ手に入れることはできない、ということで、祖父の原稿は、オックスフォードのボルドレイアン図書館に保存されていました。
また、私達が日本に滞在中、池田氏の秘書が、イギリスにそっと電話をして、トインビーの原稿について問い合わせていたこともわかりました。
これが、私達が日本へ招待された目的だったのではないか、と思います。
しかし、OUPの頑なな態度からして、今後、トインビー・池田対談についての新たな本が世に出ることは、ほとんど考えられません。