招待の目的は、さらなるトインビー利用

「池田は祖父と親しくなどなかった」


 この旅行は、いったい何のためのものだったのか、それは、帰途につくまでに、すべて判明しました。
 私達は来日中、新聞やテレビのインタビューを受け、夫のピーターは国際情勢について、私は祖父について質問をされました。インタビューを受けるたびに、大衆の目には、池田氏とアーノルド・トインビーの仲が、より親密なものとして映ったと思います。池田氏は、自らをトインビーの、公けの代表的な親友であり、スポークスマンであるかのように見せるため、記事やフィルムを造らせたのです。
 私は祖父が、日本でどれだけ有名で重んぜられているのかを、まったく知りませんでした。「オーダー・オブ・ライジング・サン」で受賞してから、祖父の著書は全ての大学で必読書となっていました。
 また、東洋の興隆と西洋の衰退を予言したとして、長い間、彼は日本で崇拝されてきていました。有名な学者によって運営されるトインビー協会もあり、その何人かの人を祖父は昔から知っており、協会では年4回、雑誌も出しております。
 私の祖父は、日本を訪問した際、まったく池田氏には会っていません。祖父の昔からの日本の友人達も、祖父の最晩年の、どちらかというと漠然(ばくぜん)としたインタビューをもとに、池田氏が大袈裟に祖父の思い出を書きたて、自分のために利用していることに対し、明らかに苦々(にがにが)しく思っていました。


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