池田は権力と自己陶酔の塊(かたまり)
私達が、とうとう我慢できなくなったのは、広島での会食会のときでした。
私達が、創価学会と池田氏との在り方について、その感想を正直に述べたところ、接待役のメンバーは、恐れおののき、その場をなんとかとりつくろって、私達の言葉は最初から聞かなかったかのように振る舞いました。
私達は、池田氏との真剣な会見ができるよう頼んだのですが、それが池田氏に取り次がれたとは思えません。私達が最後に池田氏に会ったとき、彼の表情からは、私達の声や要望が伝えられている様子など、まったく見られませんでしたか。
池田氏に最後に会ったのは、創価学会設立記念にあたる日で、映画で見たのと同じような、6,000人の大会合がありました。鼓笛隊による演奏曲は、「ダラス」と「サウンド・オヴ・ミュージック」のテーマ・ソングでした。
フィナーレの後、池田氏はスタジアムの中を一周し、しっかり予行演習をしてきたと思われる女子グループが、彼の方に体を傾け金切り声で飛ばす、歓声と賞賛を受けていました。
私達はそれっきり彼とは会いませんでしたが、彼からの別れの贈り物を見て、誰も、私達の彼に対する怒りの気持ちを伝えていないことがわかりました。彼は私達に、絹で製本された大きな本をプレゼントしてくれたのですが、それは、本文などなく、ただ296ページにもわたって、彼自身と彼の家族の写真だけが納められた、驚くべきナルチシズムそのものの本でした。